BASSO memo

ブログ兼備忘録としてのメモ帳みたいなものです

超個人的コラム『カッコつけてもしょうがない』

という内容で1本のコラムを書き上げる。


なんてお題を、とあるfellows(ASKAファンクラブ)のメンバーから頂きまして。


まぁ、僕が「何かお題ある?」
なんて言ったからですが(笑)
ちょっと先方を困らせてしまいました…。


そんな訳で、以下内容ですが、
そもそも、この『カッコつけてもしょうがない』はASKAさんのダイアリーにエントリーされた詩、

『足音』

の冒頭に出てきたフレーズで、
その『しょうがない』に対して作者(敢えてそう呼称します)は、

『というフレーズが嫌いだ』

と言う風に否定するところから始まる訳です。


作者と、その相手の間にある関係性はわかりませんが、

話はその『カッコつける』を軸に、

僕は自分の足音が好きだ
僕にしか鳴らせない音だから

つまり、

僕は歩みを止める事はしないよ。
僕は自分の足音が好きだから。

という揶揄表現でまとめて、

僕(作者)は最後まで自分の価値観を信じていくという、
決意表明の詩であるという風に僕は捉えました。


仕上がりこそ比較的ポップな印象ですが、
作者本人のキャラクターを踏まえて、

ぶれる事のない人間の在り方、
みたいなものが見えてくる、
とても好きな詩です。


っと、ここまで書いてコラムと言うより感想文のような気がしてきました(笑)


でも、まぁ僕が言いたい事も変わりません。



僕が思うASKAさんは、
今まで、いつの時代も最終的には、
自分の運と(経験に基づく)勘を信じて進んできた人だと思っています。



ポプコンCHAGE(当時はチャゲ)と組んでみたら?と言われて、
CHAGEさんに声をかけた時。

チャゲと飛鳥』が、
大石吾郎さんに『チャゲ&飛鳥』と呼ばれて、それを受け入れた時。

レコード会社をワーナーから当時、
まだ新進気鋭だったポニーキャニオン(まだ当時はキャニオンレコードだっけ?)に移籍した時。

一時、CHAGE&ASKAを休止して、
1人ロンドンに渡り楽曲製作に没頭した時。



あ、多すぎて説明しきれんわ(笑)

兎に角、
節目と言わず、
どのタイミングでもASKAさんは、

自分を信じて、
イニシアティブをとってきたイノベーターであるという印象を持つのです。


どれだけ自分の中で、
正解をたどったかは本人のみぞ知る事です。


そして、
たまに出る批判。




『自分勝手』




僕が思うに多分、
自分勝手とは違う。


盲信ではなく客観的見地からもそう思えるのです。



全部が全部、
表に出せる訳がないから出る誤解。
全部が語れないから出る誤解。

その話の結果(経過)なだけ。






そしていつも、
そこに発生するのは『責任』です。



船長でありながら操舵士。



責任を背負うからこそ語れない話。
いつどこでも『今はまだ喋れませんが』のキーワードが出せる訳じゃない。


それすらも憚られる内容があって当然。
その誤解からくる『責任』すら背負い込む人なんだと思うのです。



皆さんが知ってる当たり前過ぎる事実。



ASKAさんはミュージシャン』



その最もアウトプットである楽曲に救われているという事実がある以上。

僕は、それ以上の無責任な詮索をする気にはなれないのです。



それでも気になる事があったら?



その時僕は『カッコつけて(るフリをして)』、
静かに次の『足音』が聞こえるのを待つのです。